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東京地方裁判所 平成5年(ワ)12368号 判決

原告 石口恭子

右訴訟代理人弁護士 小川秀史郎

波多野健司

被告 株式会社あさひ銀行(旧商号 株式会社協和銀行、株式会社協和埼玉銀行)

右代表者代表取締役 吉野重彦

右訴訟代理人弁護士 山本晃夫

高井章吾

杉野翔子

藤林律夫

尾﨑達夫

鎌田智

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録≪省略≫一記載の土地及び同目録二記載の建物について、横浜地方法務局大和出張所平成二年五月三〇日受付第二五五七〇号をもってなされた根抵当権設定登記を、石口晃の持分についての根抵当権設定登記とする更正登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

一  請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  原告もしくは代理人の晃による本件根抵当権設定契約締結の主張(抗弁1、2)について

≪証拠省略≫の各存在、成立に争いのない≪証拠省略≫、証人石口晃及び同佐藤圭一の各証言、原告本人尋問の結果(第一回)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)原告は、夫晃が代表取締役であるヤマトの監査役であったが、名目的なものにすぎず、小学校の教諭として働いていた(原告が夫晃が代表取締役であるヤマトの監査役であることは、当事者間に争いがない。)。

(二)  晃は、ヤマトが平成二年五月ころ、被告から融資を受けるに際し、自宅である本件不動産を担保に入れるとともに、原告と晃が保証人となることを了承した。

そこで、被告の担当行員である佐藤圭一(以下「佐藤」という。)は、金銭消費貸借契約証書(≪証拠省略≫)、根抵当権設定関係契約証書(≪証拠省略≫)、保証書(≪証拠省略≫)等を晃に交付したうえで、原告に面談させて欲しいと要求したところ、原告は小学校の教諭をしていて忙しいとのことであったので、葉書による確認等別の方法で確認をとることにした。

(三)  晃は、原告が、本件不動産をヤマトのために担保提供することには承諾しないと分かっていたため、会社の書類作成に必要だからと偽ってその実印を借り受け、印鑑登録証明書(≪証拠省略≫)は自宅にある原告の印鑑登録カードを使って用意した。

平成二年五月二九日、晃は、ヤマトの事務所において、同社の女性従業員である植松(以下「植松」という。)に前記根抵当権設定関係契約証書の設定者欄、金銭消費貸借契約証書及び保証書の各保証人欄にそれぞれ原告の住所、氏名を書かせ、そのうえで、自分で前記原告の実印を捺印し、前記原告の印鑑登録証明書とともに佐藤に交付した。その後、被告から原告の保証意思及び担保提供意思を確認するための照会回答書≪証拠省略≫が自宅に送られてきたが、晃は、原告に見せることなく、植松に原告の署名をさせて、被告に郵送した。

(四)  原告は、被告や夫である晃から本件根抵当権設定契約等について聞いたことはなく、晃やその他の者が前記根抵当権設定関係契約書等に原告の住所、氏名を書き、原告の印章を押捺すること、印鑑証明書の交付を受けて被告に交付すること等を承諾したことは無かった。

(五)  以上認定の事実によれば、原告が保証及び担保提供を承諾した旨の≪証拠省略≫は真正に成立したものとは認められず、原告が本件根抵当権設定契約を締結し、もしくは原告が晃に本件代理行為の代理権を授与したことを認めるに足りる証拠はない。かえって、前記認定の事実によれば、原告の実印や印鑑登録証明書(≪証拠省略≫)は、晃が原告を騙す等して不正に入手したものと認められ、原告は、本件根抵当権設定契約等について知らなかったことが認められる。

また、被告は、原告が本件不動産を何度もヤマトの取引金融機関の担保に提供しているので、本件不動産を担保として利用することについて夫の晃に包括的に代理権を授与していた旨主張する。しかしながら、前記≪証拠省略≫、証人石口晃の証言、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告が本件不動産に担保を設定することに同意したのは、昭和五三年に本件不動産を購入するために株式会社平和相互銀行から借り入れた時と、本件以後の平成二年一二月に国民金融公庫から借入れた時の二回であることが認められるから、右事実によっては、被告の主張を推認するに足りず、他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

2  表見代理の成立(抗弁3)について

証人石口晃及び同佐藤圭一の各証言、原告本人尋問の結果(第一回)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告と本件根抵当権設定契約の主債務者であるヤマトとの取引は今回が初めてであること、本件根抵当権設定契約は原告らの自宅に設定されたもので、しかも、極度額は六五〇〇万円と極めて高額であること、被告は、原告と晃が夫婦であり同居していたことを知っていたこと等が認められ、右のような事情のもとでは、金融機関である被告としては、代理権の有無について、原告に直接確認する等慎重な手続を踏むべきであり、葉書による確認では不十分というべきである。したがって、被告が原告の夫である晃から原告の印鑑登録証明書及び原告の実印が押捺された本件根抵当権設定関係契約書の各交付を受け、原告本人が署名した旨言われたことや葉書による確認等により、晃に本件代理行為の代理権があると信じたとしても、信じたことについて正当の事由があるものと認めることはできない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、被告の表見代理の主張は理由がない。

3  原告の追認(抗弁4)について

被告主張の事実に沿う証拠としては、証人森下清市及び同白井実の各証言並びに証人森下清市の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫、証人白井実の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫がある。

しかしながら、右各証拠によっても、被告の担当行員が原告の質問により根抵当権設定契約等の内容の説明をしたところ、原告が右説明を理解したという程度にとどまり(なお、このことは、原告が契約当事者であれば当然知っているべきことを知らなかったことになり、原告に契約意思がなかったことを推認せしめる事実といえる。)、会社が返済できなくなったときには本件不動産を売却して返済するといったような発言はなかったというのであり、原告が追認の明確な意思表示をしたものとは認め難い。のみならず、被告において原告に追認による契約責任を負わせるための十分な確認や念書を取るなどの措置をとっていないこと、また、前記≪証拠省略≫、成立に争いのない≪証拠省略≫、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は、自分が署名捺印したものではないと述べたものの、被告が取り合ってくれず、夫の会社の債務でもあり、できることなら円満に解決したいという気持ちもあったことから、余り強い態度には出なかったこと、原告は、平成五年三月に被告芝支店に赴く前に、原告代理人に相談していること、その後、同年三月八日付で被告から支払の督促状が送られてきたことから、原告は、同月二五日付で本件根抵当権設定契約の締結等を否定する通知書を被告に出していることが認められること等に照らすと、被告の主張に沿う前掲各証拠はたやすく措信できず、原告が自宅である本件不動産を失うような結果となる本件代理行為の追認をしたと認めることはできない。

よって、被告の右主張は認めることができない。

4  右のとおりであるから、被告の抗弁は、いずれも理由がないものというべきである。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角隆博)

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